TOPICS耳の駅 TRG通信

耳の駅18-01web版:霊柩車知識の泉「日本の霊柩車の歴史⑦」

2018.02.09

昭和後期頃まで霊柩車と言えば宮型霊柩車という位、日本では宮型霊柩車が普及致しました。

しかし、平成に入り景気が低迷し始めると製作費が高額で維持管理が大変な宮型霊柩車は、導入する葬儀社から敬遠されるようになりました。

また、昭和天皇が崩御された際の大喪の礼に洋型霊柩車が使用されたのも日本国民の霊柩車観を変える一つの転換期となりました。

次第に宮型霊柩車の新期受注は減り、やがて国内の霊柩車の保有台数は洋型霊柩車が逆転しました。

追い打ちを掛けるように火葬場の新期建設の際に「如何にも霊柩車」である宮型は地域住民に敬遠され火葬場の利用規約に宮型乗入禁止の条件がある施設も増えてきました。

法律面でも、車両保安基準が年々厳しくなり、車体を大幅に改造する宮型霊柩車は、ブレーキ基準や突起物の危険性回避などクリアする要件が多く、車両登録し公道で走れる許可を得ること自体も難しくなっています。

しかし、日本独自に発展した宮型霊柩車の伝統的なスタイルを後世に残そうと霊柩車の協会等が、少なくとも製作して車両が公道を走れる可能性を残すべく現在尽力している状況です。

また、東南アジア等では派手で見栄えのする宮型霊柩車は、非常に好評で中古宮型霊柩車の海外への輸出の例も段々増加しているようです。

東南アジア等に旅行に行くと、意外な場所でまだまだ活躍している日本の宮型霊柩車を見られるかもしれません。

今回で国内の霊柩車の歴史終了です。次回からまた別の霊柩車のお話を開始致します。

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